2016年5月31日火曜日

Ζガンダムについていろいろ

私が数多とあるガンダムシリーズの中でテレビシリーズで一番好きなのが、1985年に放送された「機動戦士Ζ(ゼータ)ガンダム」である。
Ζガンダムは1979年に放送され社会現象を巻き起こした「機動戦士ガンダム」の続編として原作者である冨野由悠季によって制作された。
そうして制作されたΖガンダムはファーストガンダム・一年戦争から7年後の世界を舞台に、かつて一英雄となったはずの、ブライトは上官にどつかれたり、アムロは連邦の支配の元生活していたりしている。

その中を、かつて赤い彗星と呼ばれたシャア・アズナブルがクワトロ・バジーナを名乗り、連邦支配を目論むティターンズを撃退するため、エウーゴと呼ばれる組織に所属している。
ティターンズが極秘に開発していたガンダムマーク2強奪を巡って物語は始まっていく。
そのガンダムマーク2に17歳の少年カミーユ・ビダンが乗り込み、アムロ以上に戦災と言うか問題ありともいうべきカミーユを中心に物語が進行していく。
なぜ、Ζガンダムが面白いかと言えば、ここからは完全に私の持論を展開して参りたい。
一つに主人公カミーユをはじめとした登場人物が実に濃い。
ファーストガンダムも、ランバラルなどと言った濃い人物は存在しており、勿論シリーズ的にもあれほどドロドロした人間観帰依、戦争と言うものを描いたという点においてはファーストが頂点かもしれない。
しかし、Ζにはファーストとはまた違った魅力にあふれている。
特に主人公カミーユはアムロの少年時代以上に、その心の動きが繊細に描かれている。
彼はテレビシリーズでは最後精神崩壊をしてしまうが、そこに至るまでの経緯と言うのが実に濃いものとなっている。
また、シャアやアムロまたブライトといったファーストガンダムに登場した人物たちが登場してくるのが面白い。
こうしてリアルに年齢を取った人物たちが出てくるというのは、ガンダムからだそうだが、例えば一年戦争のエースパイロットアムロは21歳になっているが、その能力の高さから監禁されていた、ホワイトベースの艦長ブライト・ノアもティターンズのバスク・オムにぶん殴られたりしておりその扱いがかつての英雄とは思えないひどい扱いをされている。
また、カイシデンやハヤトなども大事なところで登場し、それぞれに応じた役を演じている。
特にハヤトについては地上における反連邦政府であるカラバの中心機アウドムラの艦長をしており部隊を率いている。
なかんずくシャア・アズナブルにおいてはその素性を隠しながら、カミーユの良き上司として途中まで振る舞っており、逆襲のシャアに繋がっていく部分も随所に見える。
また、自身の素性を明かし世に向かって大声明を行ったダカールの演説の後、宿命のライバルアムロとグラスを交わすシーンなど見どころも多い。
また、ハマーン・カーンやシロッコと言ったニュータイプたちのキ〇ガイじみたと言えるその濃いキャラクター性とカリスマ性もドラマを彩っている。
二つ目にΖガンダムは物語として三つ巴の戦いが展開されているスケールの大きい物語となっている、それぞれの人の思惑に潰されていくカミーユも非常にかわいそうである。
三つ目に、モビルスーツが多彩なデザインに溢れている!
批判も多いらしいが、私は好きな永野護というデザイナーなどが加わり、実にΖガンダムや百式、またジ・Oやキュベレイといったモビルスーツたちが実に素晴らしいデザイン性を誇っている。
それは劇場版の新作画を見て改めて確認できたが、あれほどカッコいい擦らばらしく個性に富んだモビルスーツが飛び交っているのはΖガンダムが一番じゃないかと思われる。
この頃は、マクロスの影響を受け、変形機構をモビルスーツに取り入れ出した時期でアもあるが、実に個性豊かに変形するモビルスーツたちが宙(そら)を駆けている。

四つ目に一般の方からしたら時代に合わないかもしれないが、主題歌、挿入歌また音楽が素晴らしいと思う。
主題歌については、後期オープニングをガンダム界の歌姫かつこの曲でデビューした森口博子さんが歌う「水の星に愛をこめて」はガンダム主題歌の名曲となっている。
また、カミーユとフォウの心情を実に見事に歌い上げている「銀色のドレス」といった名曲もある。
また流れるBGMを担当したのは三枝成彰が担当しており、この人は続編のZZガンダム、逆襲のシャアでも音楽を担当しており、壮大なるメロディーを作り上げ宇宙世紀の壮大なるスケールを表現しきっている。

Ζガンダムは2004年に劇場版三部作として制作された。
何かと批判が多いが、私は好きと言えば好きである。
確かに、予算の都合で20年前の旧作画と新作画を使用しての映画は確かに大変なものがあったが、一作目の「星を継ぐもの」は素晴らしいできであった。
何せ、Ζガンダムは全50話ある。
それを1本90分3部作に編集するのは並大抵のことではない。
かつてこの手法で富野由悠季は機動戦士ガンダムの三部作(哀戦士、めぐりあいなど)やイデオンなどを製作してきた力量を持つからこそ成せる技であった。
また、ラストでカミーユが精神崩壊をしないというくだりにおいても、それはそれで綺麗な簡潔であった。
ダブルゼータファンには悪いが富野由悠季は「ガンダムシリーズはファースト三部作とゼータ三部作と逆襲のシャアの7本をガンダムシリーズと言うんです」とゼータの時に公言した(笑)
しかし、ダブルゼータの最終回でカミーユがファと共に元気になっている様子が流れた時は嬉しかった。
Ζガンダムは他のガンダムには類を見ない、少年の心の繊細さを描いている。
この作品を今一度見直す意味もあるのではないかと最近思う。